はたまた夢か
最近見た夢でなんとか話に出来そうなモノを繋げて短編小説を書いたので暇なら読んでください。
時間が経てば消えると思っていた問題は時間にあるのではなくて自分自身にあると気が付いた。痴漢の冤罪で社会から追放、親にも見放された。
いつまでたっても消えることのない虚構。立ち直れない。
夏、僕は自殺する。
躊躇はなかった。単純に人間は手首を切ることによってどれほどの快楽を得ることができるのかが知りたかった。
一瞬の出来事。
力加減がわからなかった。あるいは加減をしなかった。強ければ強いほどに快楽の大きさも比例するだろうという、僕は異常者の境地にいた。小さな細胞からなる僕の身体。僕自身の手でその細胞を切断する。手首から僕を創り出す血が恐怖から来る涙よりも早く流れ出す。
溢れ出てこぼれ落ちる。
偽善者がよく口にする「今日を生きたかった誰かの明日」は誰かのものであり、誰かの代わりに僕が生きるということではない。
反対に今日を生きたのは紛れもなく僕であって、僕の明日は僕のものであることに限りはない。だから今僕が死んだとしても、代わりに誰かの人生が長くなる訳ではないのだ。
人間、こんなに呆気なく死ぬのか。つまらないな。
意識が朦朧とする中で僕は最期に夢を見る。
真っ暗で何も見えない。
ポケットには残りの充電が約50%の見慣れないスマホが入っている。せいぜい持って2時間だろう。ここを出るまでしばらく借りることにした。
立ち上がって辺りを確認しようとするとすぐ壁にぶつかり、物凄く狭い空間に閉じ込められていることを理解した。
随分上等な脱出ゲームの夢を見ているらしい。充電がなくなったらゲームオーバーになりそうだからその前にさっさと出よう。
外から声が聞こえる。何か叫んでいるようだが聞き取れるほど鮮明ではない。でも何だか聞き覚えのある懐かしい声だ。
おそらくここは密室なので酸素にも限りがあるだろう。
充電の残りは45%、アンテナは立っておらず圏外のようだ。
空気が冷たくなってきた。
夏、エアコンの効いた部屋に置かれた箱の中にいるのだろうか。
脱出のヒントは左手に握られたスマホのみ。
少しでも手がかりがないかとロック画面を解除しようと試みた。
自分の誕生日を入力、違う。
間違えた瞬間、腕に何かを刺されたような痛みが走った。
充電も10%減った。思い当たる四桁の数字を入力し続けて3回目。
残りの充電はわずか5%。空気も薄くなってきた。
すがる思いで『0』を4回。初期設定はみんなこれだ。
何とかロック画面を解除できたと同時にアンテナが一本、警察に電話をかけて逆探知してもらうしかないと悟った。
苦しい。身体も冷え切って凍え死んでしまいそうだ。
何度電話をしても「ただいま電話に出ることができません。」の一点張り。
残りの充電はあと3%。ゲームオーバー寸前。
頭がクラクラするのは密室空間に閉じ込められて軽く酸欠状態を起こしているせいだろう。
そろそろ僕も限界だ。興奮しているのか今度は身体が熱くなってきた。緊張で汗ばむ。
やっとの思いで電話が繋がった。
「松山ケイタ、26歳。場所は不明。この携帯を逆探知して僕を助け……」
切れてしまった。
こんなことなら両親に電話しておけば良かったかな。
でもきっと夢の中、僕は手首を切って死んだのだ。
最後くらい苦しまないで死にたかった。
無我夢中でここから抜け出そうとしているのは、きっと僕はまだ生きていたかったという証拠だ。
僕の声が漏れる。声が叫びへと変わる。
でも僕じゃない。今泣いているのは、僕じゃない。
一人暮らし。47歳。俺は医者だ。
毎日患者の相手をしていると気が病みそうになるが、そういう仕事を選んでしまったのは自分自身なので死ぬまで全うするのだろう。
無駄に責任感が強いのできっと向いている。
そう信じる。
病院には結構な頻度で急病患者が運ばれて来る。
そんなの日常茶飯事。その繰り返し。
もう長い間この仕事を続けているが、死人を見送ることだけは未だに慣れない。
昨日の出来事だ。
運ばれてきた患者はまだ呼吸があったが手首の傷が深くもう助かりそうにもない。
正直手の施しようがなかったが、隣で泣き叫ぶ家族を横目に放っておくこともできなかった。
酸素マスクをつけるが体温はもうすでに低下している。
人間は死ぬ間際に低体温が続くと脳が錯覚を起こし、身体が熱いと判断して汗をかく。
患者はもう手遅れだ。
伝えざるを得ない事実と悲しむ家族を目の前に酸素マスクを取り外す。
室内に鳴り響く心電図の音。
8月16日午後18時24分
松山ケイタ様、ご臨終です。
まだこんなに若いのに。
瞬きすら惜しく過ぎてゆく一分一秒に
大人でも子供でもない淡い時間に今日も空想と敬礼を。
また今日も医者として生きていく人生にいつか終わりが来ますように。